復活。また会いましょう。

猛威をふるった口蹄疫のほかに、忘れてはならないこと。
いや、決して忘れられないことがほかにもある。 2年前のあの大きな津波。
大きな波にのまれて、一瞬のうちに人の命が奪われてしまった。
子供が中学の卒業式を迎えた当日のこと。
実家の川南町から、1本の電話があった。
「テレビをつけて。大変な事になっている!」
「川南も一部の地域で津波警報が発令された。お母さんは避難しているよ。」

子供の学校の先生は、謝恩会の席で、
「自分は気仙沼出身で、知り合いがたくさん亡くなった。」と話しておられた。
福島在住の娘の友達は難を逃れたが、
その大学の寮生の半分は悲しい結末になった。
高校に入学したらしたで、担任の若い先生が、
自分は青森出身だとつらい胸の内を吐露された。

命。人の終着駅は死。
それはわかっていても、やるせない思いでいっぱいだった。
仏教で言う生老病死ならまだ納得いくけれど。
世界レベルで見ると、悲惨な事は日々どこかで起こっているのに
他人事になっていた。あの年は、身内の不幸も重なり、
人は死んだらどこに行くのだろうと自問する日々だった。
そして、ポール・ゴーギャンの作品のタイトルを何度も思いおこした。
『我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこに行くのか?』

われわれはどこから来たのか

そんな時に出会った絵がある。
人は死んだら灰になる。その灰は土壌の栄養になる。
我々の知らないところで何かが生まれ、
それが大地となり、芽が出て、命が生み出される。
人も動物もまた生まれてくるのかも知れない。
死んだ人がまた復活して会えるかも知れない。希望をもたらす絵だ。

水盆

この絵は地下茎の水を吸い上げて、その土壌の中でシーラカンスが育ち、
やがて人の住む大地の上を飛んでいる。
作家の紗英さんが、ポストカードにして下さったものを大切に身近においている。
川南町には児玉美音子さんの祈りがあるように、
私の心には紗英さんの水盆がある。

宵の口

彼女の作品を目にすると
自分がその作品の主人公になったような気がするところに一番惹かれる。
この絵は高千穂の神楽を意識して描いたものだそうだが、
背景は高千穂の山々や尾鈴連山を思い起こさせる。
亡くなった人も生きている私たちも動物も植物もみんなでまた集まって、
この宵の口のように楽しみたい。

去年なくなる間際に言われた称専寺の和尚さんの言葉が身にしみる。
「お別れじゃないよ。また会いましょう!」
「シー・ユー・アゲイン!」

ちなみに、紗英さんの個展は今年5月表参道で開催されるそうです。

宮崎県川南町周辺 美術探訪

ギャラリエンヌの久しぶりの再開

絵心なし、でも絵が大好き。
自分の思いを絵に描ことはできないし、
かといって文章にして何かを表現したいと思っていても
語彙力がなくそれもいやだ。
ただ感じ取ることはできる。

故郷の宮崎に訳あって戻って約半年、
常に絵と苦楽を共にしてきた私は、絵画がある所はどこにでも足繁く通った。
そして、この地域には絵画が大好きな人がたくさんいることに気づく。
好きな人は絵画教室に通って腕を磨き、趣味として描いている。
その仲間同士でも、交流の輪が広がっているのを垣間見た。
楽しそうだ。

宮崎県川南町

しかし絵をみて感じることをしているだろうか?
肩書きでその作品が優れていると決めたりしてないだろうか。
純粋に一心不乱に眺めているだろうか?
自問する自分の姿。

この界隈ぶらりとウインドウショッピングし、食事をして、
ここの店主は絵が好きなんだなーと感じさせる場面も多々あった。
絵画ファン結構いるじゃないか。
絵画や美術品を通してコミュニケーションを深めることができたら
どんなに楽しいことか。
こちらの一方的な考えで、自己満足の世界かもしれないけれど。

食事が入らず、体は衰弱し、外に一歩も踏み出せない状況の中、
川南の自然が少しずつ回復へと向かわせてくれた。
外出は、最初はフロンティアバス(コミュニティーバス)に乗っていたが、
途中から、オンデマンドバス(前日予約が必要なバス)に変更された。
しかし、予約しても当日体調が変化して乗れないこともあったり、
途中でリタイヤすることもあった。

けれど、久しぶりに自分の力で歩いてトロントロン(川南町の中心街)まで
たどり着いた喜びは忘れられない。
買い物すると目がグルグル回って、途中座り込む事もあるけれど
みんな助けてくれた。感謝の限りだ。

欲張りは禁物だけれど、自分の好きなことを手始めにやってみた!
体が動かないときは人の力を借りて美術巡りをし、
夢中になると一瞬からだの苦痛を忘れてしまうなど
アートの力が大きい事を改めて知った。

今度は自分の力でできることがないのか模索。
思いついたのは、トロントロンをはじめ
川南ストリートを美術館と想定してお店や公共施設を訪ねみること。
パソコン入力も目がグルグル回ってままならないのだが、
感動を記録に残すのもリハビリになるかと考え
「美術探訪」と称して、久しぶりに日記を再開することにした!

手始めに
この写真何かを思い起こしませんか?

種まく人?

ジャン・フランソワ・ミレーの種まく人に!