絵が動く!~まちなかギャラリー夢たまごにて~

御年94歳。中央の画壇とは無縁ではあるが、宮崎では知る人ぞ知る
西都市在住の弥勒祐徳先生の個展があると新聞で知りのぞいてみた。
(私個人は、ギャラリーしんとみで、先生のことを教えてもらったのが始まり。)
絵もさることながら著書も多く、一度先生の文章に触れると
その表現力の素晴らしさに引き込まれてしまう。芸術家なのだ。

弥勒先生の絵の特徴は何と聞かれたら?
本のタイトル通り、「絵が動いている。」と答える。

絵が動く

目に入ってくる風景を単に描くのでなく、桜が風になびいたり、
光にさんさんと照らされる瞬間といった、
とらえどころのないものを表現している行為に、ただただ驚いてしまう。
描けそうだけれど描けない絵だ。

さくら

桜の下に人や車が描かれている。
大自然の中の人々はなんだか雑草に思えてくるし、車はおもちゃのようだ。

さくらと車

比較するなんてとても失礼なことではあるが、
大自然や何かとてつもなく大きいものをバックに人々を小さく描く
山下清の世界に通じる気がしてならない。山下清の「花火」
大勢の人を手前に、花が一瞬に散って消えて・・・。その繰り返し。
いくつもの花火を同時に花咲かせ、私たちに見せてくれている。

先生が立体のキュービズムと称した佐土原人形。
西都原の桜をモチーフにした色紙もお手頃価格で展示即売されていたが、
これも大変味わい深いものだった。

佐土原人形

復活。また会いましょう。

猛威をふるった口蹄疫のほかに、忘れてはならないこと。
いや、決して忘れられないことがほかにもある。 2年前のあの大きな津波。
大きな波にのまれて、一瞬のうちに人の命が奪われてしまった。
子供が中学の卒業式を迎えた当日のこと。
実家の川南町から、1本の電話があった。
「テレビをつけて。大変な事になっている!」
「川南も一部の地域で津波警報が発令された。お母さんは避難しているよ。」

子供の学校の先生は、謝恩会の席で、
「自分は気仙沼出身で、知り合いがたくさん亡くなった。」と話しておられた。
福島在住の娘の友達は難を逃れたが、
その大学の寮生の半分は悲しい結末になった。
高校に入学したらしたで、担任の若い先生が、
自分は青森出身だとつらい胸の内を吐露された。

命。人の終着駅は死。
それはわかっていても、やるせない思いでいっぱいだった。
仏教で言う生老病死ならまだ納得いくけれど。
世界レベルで見ると、悲惨な事は日々どこかで起こっているのに
他人事になっていた。あの年は、身内の不幸も重なり、
人は死んだらどこに行くのだろうと自問する日々だった。
そして、ポール・ゴーギャンの作品のタイトルを何度も思いおこした。
『我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこに行くのか?』

われわれはどこから来たのか

そんな時に出会った絵がある。
人は死んだら灰になる。その灰は土壌の栄養になる。
我々の知らないところで何かが生まれ、
それが大地となり、芽が出て、命が生み出される。
人も動物もまた生まれてくるのかも知れない。
死んだ人がまた復活して会えるかも知れない。希望をもたらす絵だ。

水盆

この絵は地下茎の水を吸い上げて、その土壌の中でシーラカンスが育ち、
やがて人の住む大地の上を飛んでいる。
作家の紗英さんが、ポストカードにして下さったものを大切に身近においている。
川南町には児玉美音子さんの祈りがあるように、
私の心には紗英さんの水盆がある。

宵の口

彼女の作品を目にすると
自分がその作品の主人公になったような気がするところに一番惹かれる。
この絵は高千穂の神楽を意識して描いたものだそうだが、
背景は高千穂の山々や尾鈴連山を思い起こさせる。
亡くなった人も生きている私たちも動物も植物もみんなでまた集まって、
この宵の口のように楽しみたい。

去年なくなる間際に言われた称専寺の和尚さんの言葉が身にしみる。
「お別れじゃないよ。また会いましょう!」
「シー・ユー・アゲイン!」

ちなみに、紗英さんの個展は今年5月表参道で開催されるそうです。