2009/5/10 日曜日

いい絵に巡り会いたい

カテゴリー: モノローグ, 美術 — galerienne @ 23:39:25

宮崎の県美術展を見に出かけたときのこと。
日本画、洋画、イラスト、抽象画、壁一面 無秩序に展示されていた。
いろんなパターンの絵が自分の視界に一気に入ってくるから面白い。
作品数が少ないと言う事情もあるのだろうが、ちょっと新鮮だった。
主催者側で絵の配置を考えているのだろうけど。

が、どの絵が良いかとなると話は別。
絵が訴えかけようとするテーマは解る。
しかし技術不足なのか、感覚が研ぎすまされてないのか。
一枚一枚、何度と無く眺めるものの、
満足するものが見つからなくて、いささか消化不良気味。
人物画も風景画も物足りない。

何で?
例えば樹木・・・大地に根を張った様を描いたもの。
樹木を通して見上げた空の様子等々。
きっと自然の姿に感動したにちがいない。

しかし、私は感動を作者と一緒に共有したいわけではない。
その絵をして自然の偉大さ心地よさを感じ取りたいし、
人物であればその人の内面までみてとりたい。
そして、どう生きるのか示唆するような作品に出会いたいと切望する。
表現方法は抽象・具象問わずなんだっていい。

Tree

美術館や芸術劇場を取り巻く並木や落ち葉の表情、
肌で感じる風の心地よさを超える作品には出会えなかった。
兵藤和男の”森”という作品が恋しくてたまらなかった。

2009/2/8 日曜日

不況の象徴?縁起物

カテゴリー: モノローグ — galerienne @ 19:11:11

街を歩いて、必ず目のするものがある。
店に飾られた縁起物。
フクロウ、招き猫、恵比寿様、ほてい様、パワーストーンと
いわれる石のたぐい、色々・・・・・
見方を変えれば現代の世相を反映したものともとれる。
昔は陰をひそめていた品物の数々。
今は溢れんばかり。

いやなことをはね除けて
上昇気流に乗りたいという人々の思いがそこにある。
縁起物を一同並べ一枚の絵に見立てると・・・・
大衆を魅了する現代アートの出来上がり。

2009/1/25 日曜日

いびつな陶器に愛嬌感じる今日この頃

カテゴリー: モノローグ — galerienne @ 21:23:50

陶磁器の高級ブランドの経営破綻。
長い歴史に幕を閉じてしまい残念に思う。
子供の頃デパートに展示されているのを見て、
その素晴らしさにため息をつていた。
高度成長期、みんな西洋文化に憧れていた頃。
海外旅行も高嶺の花。せめてカップ1個だけでも欲しい。
それを手に入れてじっと眺めて、
優雅な世界を頭の中で想像できたらどんなにいいだろう。
買い求めるにはあまりにも高価だった。

あれから何十年も経過し、
高級品とされた器やバック、時計、洋服あまりにも身近になりすぎた。
街にあふれかえっている。
器1つとっても、バカラグラス、マイセン、ロイヤルコペン、
ジノリ、ウェッジウッド、ヘレンド、・・・
某電機屋さんの2階に行けば毎日みられる。
だからといって、のどから手がでるほど欲しいという気持ちにはならない。
心が動かない。
20%OFFとあっても財布のひもはゆるまない。

骨董屋でみる古いバカラグラス、マイセンとは異なって見えるのだ。
子供が誕生した頃買い求めた
ウェッジウッドのピーターラビット(比較的安価なこのシリーズを
手に入れるのが精一杯だった。)のカップとも比べものにならない。
15年以上使い続けただけのことはある。
かわいらしい。

思うに大衆化し過ぎてしまった結果、人の心をとらえなくなったのではないか。
絵画にも言えることだが、ブランドにとらわれない方が楽しみの選択肢はふえる。
もっとも、こういう考えに至るまでの過程は長かったのだが・・・。

そして、ひそかにお気に入りの器で日常生活を楽しんでいるのだ。
不揃いな食器たち、それぞれ表情が違う。
みんな違ってみんないい。

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